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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2655号 判決 1969年5月16日

控訴人(原告) 日光ペン株式会社 外一名

被控訴人(被告) スクリプト・インコーポレーション

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人日光ペン株式会社が、原判決添付目録記載のノツク式ボールペンを、業として製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示する行為に対し、特許第二七一、〇九二号の特許権に基づく差止請求権を有しないことおよび控訴人株式会社日光ペンが、右目録記載のノツク式ボールペンを業として譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示する行為に対し、右特許権に基づく差止請求権を有しないことをそれぞれ確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠の関係は、双方各代理人においてそれぞれ以下のように陳述したほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにその記載を引用する。

控訴人ら代理人の陳述

一、本件特許発明において、「特許請求の範囲」にいう「拘束部材」なるものの性能とこれによつてそれが有すべき構造とを仔細に検討すれば、なおまた、「特許請求の範囲」の記載を正当に理解すれば、右拘束部材は、「発明の詳細なる説明」の項に開示されているとおりの構造をもつ「鐘形掛金部材」であり、第一掛金要素は、前進後退両用のため二個存するのであつて(したがつて第二掛金要素も同様)、すなわち本件特許発明においては、拘束部材を後退位置に保持する掛金要素の存在もその要件である。以下分説する。

(1)  「拘束部材」なる用語は、本件特許発明の明細書中「特許請求の範囲」の項において始めて出現する文字であるが、その構造は右の項の記載からみると、(イ)横断衝接面を備えた後方向きの面と、(ロ)筆記要素の上端と揺動自在の係合をしている軸線部分とを持つものであつて、(ハ)その作用効果としては、前進後退位置間を縦方向に移動することができ、かつ常態では、発条装置によつて後退位置に推されるように、筆記要素と一緒に移動することのできる、横に動き、かつ揺動することのできる、ものである。そしてまた、「衝接要素」は、拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いている後方面の部分と交互に係合して、それぞれ前記中央点から横の所に力のモーメントを与え、拘束部材が前進位置に移動されたとき、第一掛金要素を第二掛金要素の方に動かして着脱自在の係合をなし、かつ後退位置に移動するためには、そこから前記第一掛金要素を離脱するようにする、ものである。

「特許請求の範囲」の記載から拘束部材の構造と作用効果とを考察すれば以上のとおりであるが、右の「拘束部材」とはなにを拘束する部材か、「掛金要素」とはどのような構造要素なのか、「後退位置」とはどの部分か、また「衝接要素」とはどのような構造のものか、は右の項の記載だけでは全然不明であり、ただ右の記載から判断できるのは、「拘束部材」はそれぞれ前記のような後方向きの面と、軸線部分とを持ち、筆記要素と一緒に前進後退し、前進または後退位置に達する度に横に動き、かつ揺れ動いてそれぞれ反対方向に傾斜し、一定位置に筆記要素を拘束する構造をもつものであり、そして第一掛金要素は、「拘束部材の一側にあり衝接面から縦方向に間隔を置いて」あること、また「衝接要素」は、拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いている部分の一方に係合して、拘束部材を前進位置に移動させ、そして、拘束部材を後退位置に移動させるためには、胴体に固定している第二掛金要素より離脱させる、ということだけである。

しかし、右に開示されている技術思想には、当然につぎの技術思想が包含されている。すなわち、拘束部材は前進後退を繰り返えし行なわざるをえないものであるから、前進位置に移動した拘束部材を後退位置に移動するためには、(衝接要素を)拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いている部分の他方に係合させねばならないのであつて、「特許請求の範囲」に、「衝接要素は、拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いている後方面の部分と交互に係合して……」と記載されているのは、このことをいつているのであり、そして後退位置に置かれた拘束部材は、つぎの前進の準備のために、軸線部分の中心点から横に間隔を置いている部分の一方に、衝接部分を係合させるための姿勢を整えねばならず、「後退位置」とは、この姿勢を用意するための部分であつて、このような姿勢は、拘束部材を前進の場合と反対方向に傾斜して保持せねばならないことは、明らかである。

そうとすれば、右拘束部材は、少なくとも、前進位置の場合に要する第一掛金要素のほかに、後退位置における掛金要素を持つことは、必要不可欠といわねばならない。

(2)  本件特許発明の「特許請求の範囲」の項における「拘束部材」、「掛金要素」、「衝接要素」などの記載については、同項中にその具体的構造を示す記載はなく、そして右のような新熟語による抽象的表現によつては、その構造を具体的に把握することはできない。かような場合、「発明の詳細なる説明」の項および図面の記載は、発明者の発明の目的、技術公開の範囲を示すものとして、「特許請求の範囲」は右に記載の技術範囲に限定して解釈されるべきであつて、本件特許公報の「発明の詳細なる説明」の欄および図面によつて示されるものは、一実施例に過ぎずとし、拘束部材が後退位置にある場合についてのみ、具体的構造を示す記載がない、とするのは著しい偏見といわねばならない。

特許制度本来の目的は、技術の公開にあることはいうまでもないところで、「技術の公開なき所に権利は存しない」のである。本件特許発明の「特許請求の範囲」に開示されている技術思想は、「発明の詳細なる説明」の項の用語とは全く別個の用語により表現されており、全く抽象的なものである。この抽象的な表現による技術思想をどのような具体的技術手段によつて達成しているかは、この技術公開の問題に直接つながるものである。すなわち、「発明の詳細なる説明」の項および図面の記載こそが、「特許請求の範囲」の抽象的表現に対して具体的に開示した技術公開の範囲なのである。これらの記載をもつて単なる実施例の一とするならば、本件特許発明の技術的範囲は、ここに公開されていない技術手段をも無限に包含することになるのであつて、このような不当なことは特許制度本来の目的からいつて許容できないことである。

二、控訴人ら主張の先行技術たる特許発明(特公昭三一―五、六二一号)と本件特許発明とが構造を異にするのはいうまでもないが、本件特許発明の出願当時すでに右先行公知技術の存する以上、本件特許発明の技術的範囲は、その発明者が右の先行技術をどのように改良したかを具体的に観察することによつてのみ、はじめて明らかにされるのであつて、そうすれば、本件特許発明において、拘束部材が後退位置にある場合における掛金要素の存在は、その要件であると解しなければならない。

三、本件特許発明と本件物件との両者における著しい相違点は、つぎの三点にある。

(1)  前者における拘束部材と後者における駒とは、その構造において著大な相違がある。

(2)  原審以来主張しているとおり、後者には、前者におけるように、拘束部材の後退位置における掛金要素に相当するものを具備していない。

(3)  前者における衝接要素は、拘束部材の前進後退に当り、その中央点から横に間隔を置いている後方面の部分と交互に係合するのに対し、後者におけるノツクと駒とは、常に連接している。

被控訴代理人の陳述

控訴人らの前記主張はつぎのとおり失当である。

(一)  一の主張について

本件特許発明において「特許請求の範囲」にいう「拘束部材」の性能、構造を究明し、「特許請求の範囲」の記載を正当に解釈すれば、拘束部材が後退位置にある場合における掛金要素は、控訴人らのいうように本件特許発明の要件ではない。

(1)について

控訴人らは、「特許請求の範囲」における「拘束部材」とはなにを拘束する部材か、「掛金要素」とはどのような構造要素か、「後退位置」とはどの部分か、また「衝接要素」とはどのような構造のものか等は右の項の記載だけからは不明であるというが、控訴人らにおいて、右の記載から判断できる事項として主張しているところによっては、すでに控訴人らによって、「特許請求の範囲」の記載により、「拘束部材」がなにを拘束し、「掛金要素」や「衝接要素」がいかなる作用をし、また「後退位置」とはどの部分をいうのか等について、正しく理解されていることがわかる。ただ「衝接要素」の構造の点については、「特許請求の範囲」に記載されている部品は、必らずしも実施例に掲げられた部品そのままの形であることを要しない場合が多く、本件特許発明もそのような場合に該当する。すなわち、特許発明において、作用効果が同一である場合は、多少構造の相違があつても、同一発明に属するとされるのが通例である。したがつて、「特許請求の範囲」の記載は、実用新案の「登録請求の範囲」の記載におけるように、明細書に記載されたものと全く同一の形状をもつものとする必要はなく、同一の作用効果をもつているものならば、それは同一発明に包含されるのが通例であり、本件特許発明の「特許請求の範囲」の記載もそのような意味において、実施例のとおりの形状、構造のものに限定せず、同一の作用効果を有する同様の構成部品を包含するように記載されているものである。

つぎに控訴人らは、本件特許発明の「特許請求の範囲」に開示されていると見られる技術思想に当然包含されているとなすべき技術思想から、拘束部材は、少なくとも前進位置の場合に要する第一掛金要素のほかに、「後退位置における掛金要素を持つことは、必要不可欠」である旨主張するが、その失当であることはつぎのとおりである。すなわち、本件特許発明の実施例には、拘束部材が後退するとき掛金要素によつて揺動する機構を示していることは事実である。しかし前進位置に拘束するには掛金要素が必須であることは、「特許請求の範囲」の記載によつて明らかであるが、後退位置において反対方向に揺動するためには、掛金要素の存在が絶対必要であるとはいえない。何となれば、後退位置に保持するためには、掛金要素に限ることはないからであって、発条装置によつて拘束部材を後退位置に押しつけている筆記要素の端によって加えられている拘束部材上の力と、その力によつて押されている拘束部材とペン軸胴内表面との間の摩擦力とによる偶力が該拘束部材を後退位置においてつぎの衝接要素の押下げに対して適切な位置に持ち来たしうることは理論上可能であり、実験的にもそうであると考えられる。

要するに、本件特許発明における拘束部材の性能、有すべき構造を究明するとき、控訴人らのいうように、後退位置における掛金要素が必要不可欠である、とする理由はない。

(2)について

控訴人ら主張の用語の部分について、たとえ「特許請求の範囲」にこれら部品の形状、構造を限定して記載していなくても、控訴人らの主張によつてもその作用効果が理解されているとみられること前記のとおりであり、「特許請求の範囲」に拘束部材が後退位置にある場合についての具体的構造の記載のない本件特許発明においては、拘束部材を後退位置に保持するための掛金要素は、その要件でないと解すべきである。

(二)  二の主張について

控訴人ら主張の先行技術は、本件特許発明とペン先出入に関する機構を根本的に別にするものであつて、これとの対比において本件特許発明の要件を控訴人ら主張のごとく解すべき理由は全くない。

(三)  三の主張について

本件特許発明と本件物件とに相違があるとする控訴人らの主張は、以下のとおりすべて理由がない。

(1)について

後者の駒は、前者における拘束部材に全く相当する。

(2)について

前者が拘束部材の後退位置に掛金要素を具備すべきことは、その必須要件でないことは、その「特許請求の範囲」の記載から明らかである。すなわち、拘束部材の後退位置にいたる途中には、実施例におけるように掛金要素を備えてもよく、また掛金要素を備えないで、拘束部材とペン軸胴の内面との間の相対運動による摩擦力を利用して拘束部材を揺動せしめることができることは、理論上も実験上も可能であること前記のとおりである。

(3)について

後者のノツクもまた、駒の中央点から横に間隔を置いている部分と交互に係合するものであることは、図面等からも明らかであつて、前者の拘束部材との間に格別の相違はない。

理由

当裁判所も、控訴人らの当審における主張に対し、つぎの一ないし三のとおり附加または訂正をするほか、すべて原判決に説示するところと同様の理由によつて、本件物件は本件特許発明の技術的範囲に属するものと判断するので、原判決の理由の記載をここに引用する。

一、原判決の理由の二の末尾(編注、本書一二八頁)につぎのとおり附加する。

控訴人らは、当審における主張一の(1)において、本件特許発明における拘束部材の性能とこれによつてそれが有すべき構造とを究明すれば、それは、前進位置の場合における第一掛金要素のほかに、後退位置の場合における同様の掛金要素を持つことが必要不可欠である(そして、これに対応すべき胴体に設けられた掛金要素も同様)として、右掛金要素は本件特許発明の要件であるという。ところで本件特許発明において、特許請求の範囲の記載特に控訴人らの指摘する「衝接要素は、拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いてる後方面の部分と交互に係合して、……」の記載からすれば、控訴人らのいうように、拘束部材が前進位置にある場合ばかりでなく、後退位置にあるときにも、これを控訴人ら主張のように前進の場合と反対の方向に傾斜して保持する構造を具備することが要件とされているとみられることは原判決の認定するとおりであるけれども(原判決一二枚目表八行目から裏六行目(編注、本書一二七頁八行目から一二行目)まで参照)、本件特許発明の構造において、右のように拘束部材を後退位置に保持するための手段としては、必ずしも拘束部材と胴体とにそれぞれ設けられた掛金要素の係合による構造のみが技術上唯一のものであるとなすべき理由はないのであるから(例えば、成立に争いのない乙第一号証参照)、控訴人らの主張するように、本件特許発明における拘束部材の性能上、技術的に、それを後退位置において傾斜して保持するための掛金要素の存在が本件特許発明の不可欠の要件であると断定することはできない。

また控訴人らは、同(2)においてまず本件特許発明において、その特許請求の範囲の項の「拘束部材」、「掛金要素」、「衝接要素」等の用語(「後退位置」の用語も)の記載については、その挙示の理由によつて、「発明の詳細なる説明」および図面に記載された技術範囲に限定して解釈すべきはもとよりのことであるのと同様に、特許請求の範囲に示されている、拘束部材を前記のように後退位置において傾斜して保持する構造というのについても、その具体的構造は「発明の詳細なる説明」および図面の記載に限定して解釈すべきであつて、この後者の場合についてのみこれらの記載にかかわりなく特許発明の技術的範囲を解釈するのは、均衡を失するものであるという。ところで特許発明の特許請求の範囲の記載において用いられている技術用語が熟しないもので、その意味内容が不明瞭であるような場合に、それが全機構のなかでどの部分を指称した名称であるかとか、その語の前後におけるその構造等についての記載の意味内容がどうであるか等について、「発明の詳細なる説明」や図面の記載を参酌してこれを明らかにするのは、特許請求の範囲に記載されている事項の正しい技術的意義の説明をこれらの記載に求めることであつて、もとより特許発明の技術的範囲を特許請求の範囲の記載に基づいて定めるというのにもとることではなく、そして本件特許発明の解釈ないしその技術的範囲の認定にあたり、特許請求の範囲の記載における「拘束部材」その他の控訴人ら主張の用語について「発明の詳細なる説明」や図面の記載が参酌されるとしても、それは右の意味における説明の資料としての限界にとどまり、なんら特許請求の範囲の記載に附加するものではないのであつて、これらの用語が指称している各構成部分のもつ発明の目的に必要な形態的あるいは機能的構造等そのものは、すべて特許請求の範囲に記載されているのである(「後退位置」の用語についても全く同様である)。これに対し、本件特許発明の特許請求の範囲には、拘束部材を前進位置において傾斜して保持する具体的構造としての第一、第二掛金要素は記載されているが、控訴人らの主張するそれを後退位置において同様に保持する具体的構造としての同様の掛金要素については記載されておらず、「発明の詳細なる説明」および図面にのみ記載されているのであるから、これらの記載によつてこの点における本件特許発明の技術的範囲を認定することは、単なる特許請求の範囲の記載の解釈の限度をこえ、特許請求の範囲の記載に別の要件を附加することになるのであつて、その許されないことは明らかである。

さらに控訴人らは、本件特許発明の技術的範囲の認定にあたり、特許請求の範囲においてその要件とされている、拘束部材を後退位置において傾斜して保持する構造というのについて、これを具体的に開示した「発明の詳細なる説明」や図面に示す技術に限定しないならば、本件特許発明のこの点に関する技術的範囲は、公開されていない技術手段を無限に包含することになり、いわゆる技術の公開なき所に権利を認めることになるという。しかし特許発明の技術的範囲の問題として考えるとき、本件特許発明は、この点に関しては、特許請求の範囲に示されている拘束部材を後退位置において傾斜して保持する構造という技術を―そのうちの特定の技術手段に限定しないで―公開しているのであつて、「発明の詳細なる説明」や図面に示されている特定の技術手段はその一例として開示されているにすぎないとみるのが相当であり、控訴人らの右主張は失当というのほかはない。

二、原判決の理由の三の末尾につぎのとおり附加する。

控訴人らは当審における主張二においてさらに主張するところがあるが、その主張の先行技術と本件特許発明とは、原判決のいうように(原判決一四枚目表一行目から末行(編注、本書一二八頁六行目から一一行目)まで参照)、ペン先きの突出し、引込みに関する技術手段を全く異にし、この点に関する発明としての技術思想において異質のものであつて、本件特許発明をもつて右先行技術の改良すなわち拘束部材の変移装置の改良とみる余地などないものであり、右先行技術は本件特許発明の技術的範囲を控訴人ら主張のように限定すべき資料となりえない。

三、原判決の理由の四のうち、本件物件の駒が本件特許発明の拘束部材にあたるとする理由の説示(原判決一四枚目裏六行目から九行目(編注、本書一二八頁一四行目から一五行目)まで)をつぎのとおり訂正する。

控訴人らは当審における主張三の(1)において、本件特許発明における拘束部材と本件物件における駒とは著しく相違するというので、この点について判断する。

控訴人らが本件特許発明の要件として主張するところ(原判決事実摘示の第二の四)は、拘束部材を後退位置において保持するための掛金要素がその要件であるとする点を除いては、当事者間に争いなく、そして右の掛金要素は要件でないとなすべきこと前記のとおりであり、また本件物件の構造および作用が原判決添付の別紙目録に記載のとおりであることは、当事者間に争いがないので、これらのうちからそれぞれ拘束部材と駒に関する部分を抽出して比較するに、以下のとおりである。

(い)  拘束部材が縦方向に移動して前進後退でき、常態では、筆記要素を後退の位置に推している発条装置によつて後退位置に推されるように筆記要素と一諸に移動でき、横に動き、かつ揺動することができるものであるのに対し、駒がこの点で同様の構造を有することは、本件物件の構造全体特にそれがペン芯をこれに巻き付けた発条により上方に押し上げる傾向を持たせたボールペンであることから明白であり、拘束部材はその後方向きの面が、プランジヤーの持つ一対の横に間隔を置いた衝接要素と向い合い、そしてそれの軸線部分が、筆記要素の上端と揺動自在の係合をしているのに対応して、駒はその軸の上端平面部が、ノツクの先端における円錐形凹所内に緩く挿入されており、そしてそれの円錐形の頭部が、ペン芯の上端に揺動自在に接触させてある(前者の後方向きの面に後者の軸の上端平面部が、また前者の軸線部分に後者の円錐形の頭部が、それぞれ該当する)。

なお拘束部材にあつては、その一側にある第一掛金要素が、胴体に固定された第二掛金要素と、前進位置において係合するようにされているのに対応して、駒にあつては、頭部の一側に設けた上向き段部が、主軸に備えられた切欠と、同様の位置において係合するようにされている。

(ろ)  つぎに、拘束部材、駒ともに、それぞれ「後退位置」または「ペンが主軸内に引込んだ状態」にあるときは、前者にあつては、その後方向きの面の、胴体に固定された第二掛金要素と反対側に横にずれた部分が、プランジヤーの一対の衝接要素の同側にある一方と係合するように、また後者にあつては、駒軸の上端平面部の主軸に備えられた切欠と反対側に横にずれた部分が、ノツクの先端における円錐形凹所の同側の部分と接するように、いずれも傾いて停止しており、そしてプランジヤーまたはノツクを押圧とする、拘束部材または駒は、いずれも右の状態で押し下げられ、それぞれの発条装置によつて押し上げられているのと相まつて、第二掛金要素または切欠の側に向つての回転偶力を生じつつ、筆記要素またはペン芯を押進し、ついで第一掛金要素または上向き段部は、それぞれ第二掛金要素または切欠の方に横に揺動してこれに係合し、これによつてそれぞれ筆記要素を前進位置におき、またはペンが露出した状態にし、そして右の係合をしたときにはプランジヤーまたはノツクの押圧を解くことにより拘束部材または駒は、いずれも前記の当初のときにおけると正反対の形に傾斜した姿勢となり、これがため、つぎにプランジヤーまたはノツクを押し上げると、前記の当初のときと反対の方向への回転偶力を生じ、これによつて拘束部材、駒ともに横に揺動して、第一掛金要素は第二掛金要素から、また上向き段部は切欠からそれぞれ離脱し、拘束部材、駒ともにその発条装置による押上げによつて当初の位置に復する(なお附言するに、本件物件にあつては、右のように上向き段部が切欠から離脱した場合に、駒は、主軸に設けた下方を漸次低く傾斜させた案内突条をノツクの側面に設けた凹溝に嵌合させた構造に誘導されて、傾斜して当初の位置に復するのであるが、本件特許発明においては、拘束部材を後退位置において傾斜して保持する構造については、なんら限定していないのであるから、駒が右のようにして当初の位置に復する構造は、拘束部材と駒との異同の判断においても問題とならない。)。

(は)  以上によれば、拘束部材と駒とは、構造においても作用においても格別に差異はなく、両者は相当するものというべきである。

もつとも拘束部材は、「発明の詳細なる説明」の項では、その形態を示唆するような「鐘形掛金部材」とか「鐘形掛金」とかの名称で記載されているところ、同項におけるこの記載が直ちに本件特許発明における拘束部材の形態を限定するものとはいえず、仮りにその特許請求の範囲の記載全体から拘束部材の形態が、円錐形の頭部と棒状の駒軸とから成る駒のそれとなんらか異なるものがあるとしても、そしてまたそれらと筆記要素またはペン芯との接しかたも趣を異にしていること前記認定のとおりであるにしても、このような差異にもかかわらず、両者の作用効果は前記のとおりであるから、これらの点は構造上の微差にすぎない。

なおここで控訴人らの当審における三の(3)の主張について判断する。本件物件における駒は、その駒軸の上端平面部の中央から横にずれたいずれか一方の部分において、ノツクの先端の円錐形凹所と接していること前記認定のとおりであるが、仮りに、本件特許発明における衝接要素と拘束部材は常時は離れていて、プランジヤーの押圧によつてはじめて係合するものであり、この点において本件物件における右の接合状態と趣を異にするものがあるとしても、このことにより作用効果上なんらの差異をも生じるものでないことは、前記認定によつて明らかであるから、右の接合状態の差異の故に拘束部材と駒とに差異があるとするには当らないのであつて、いずれにしても控訴人らのこの点の主張は理由がない。

以上のとおり、本件物件は本件特許発明の技術的範囲に属するのであるから、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき、同法第九五条本文、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古原勇雄 杉山克彦 楠賢二)

原審判決の主文、事実および理由

主文

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立

一、原告ら

1 被告は、原告らが別紙目録記載のノツク式ボールペンを業として製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のために展示し、または輸入する行為に対し、特許第二七一〇九二号の特許権にもとずく差止請求権を有しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告とする。

との判決を求める。

二、被告

主文と同趣旨の判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告日光ペン株式会社は、一般事務用品の製造を主な業務とする会社であつて、別紙目録記載のノツク式ボールペン(以下「本件物件」という。)の製造をしており、原告株式会社日光ペンは、原告日光ペン株式会社の製品の一手販売を主な業務とする会社であつて、本件物件の販売をしている。

二、被告は、特許第二七一〇九二号の特許権(以下「本件特許」という。)を有するが、原告らがしている本件物件の製造・販売がこの特許権を侵害するものであるとして、原告らに対し、昭和三九年五月二〇日附内容証明郵便をもつてその製造・販売の停止を求めるとともに、原告らの販売先に対し、本件物件が特許権の侵害品である旨吹聴して、本件物件の製造・販売を妨害している。

三、本件特許発明の特許請求の範囲は、別紙特許公報該当欄記載のとおりである。

四、本件特許発明は、次の各要件から成るものである。

(1) 前方に開口を持つた胴体

(2) 前記胴体の中にあつて縦方向に滑つて前進後退することができる細長い筆記要素

(3) 常態では、前記筆記要素を後退の位置に推している発条装置

(4) 横断衝接面を備えた後方向きの面をもち、縦方向に移動して前進後退することができ、前記筆記要素の上端と揺動自在の係合をしている軸線部分を持ち、常態では、前記発条装置によつて後退位置に推されるように前記筆記要素と一緒に移動することができ、横に動きかつ揺動することのできる拘束部材

(5) 前記拘束部材の両側にあつて、前記衝接面から縦方向に間隔を置いてある第一掛金要素二個

(6) 前記胴体に固定され、前記第一掛金要素と着脱自在に係合し、そのまわりに、前記拘束部材を、胴体の縦軸線に大体平行で側方にずれた位置にピボツトして、第一掛金要素と係合するとき、前記筆記要素が、それぞれ前進または後退位置にあるように位置することができるように相対的に固定された第二掛金要素二個

(7) 縦に移動して前進後退することができ、かつ前記拘束部材の後方向きの面と向い合つている一対の横に間隔を置いた衝接要素をもつプランジヤー

(8) プランジヤーの衝接要素は、前記拘束部材の軸線部分の中央点から横に間隔を置いて、その後方面の部分と交互に係合し、それぞれ中央点から横のところに力のモーメントを与え、これによつて、拘束部材を前進位置に移動させた場合には、前記第一掛金要素の一つを前記第二掛金要素の一つの方に動かして着脱自在の係合をさせ、また拘束部材を後退位置に移動させるためには、前記第二掛金要素から前記第一掛金要素を離脱させて、第一掛金要素の他の一つを第二掛金要素の他の一つに係合させ、さらに拘束部材を前進位置に移動させるためには、前記第二掛金要素から第一掛金要素を離脱させるように構成されている。

五、本件特許発明の特許請求の範囲には、前記第一、第二掛金要素のうち、拘束部材が前進位置に位置するとき係合するもののみが記載されているにすぎないが、もし、本件特許発明における第一、第二掛金要素をそれぞれ一個のみに限ると、拘束部材を後退させたとき、拘束部材が側方にずれた位置にピポツトされない。従つて、一対の横に間隔を置いた衝接要素を持つプランジヤーによりこれを前進させようとしても、該衝接要素が、拘束部材の軸線部分の中央点から横に間隔をおいて、その後方面の部分と係合し、それによつて右の中央点から横のところに力のモーメントを与えるという本件特許発明の目的は達せられない。それゆえ、第一、第二掛金要素は拘束部材が後退位置にあるときにも、これを側方にずれた位置にピポツトするために必要である。結局、第一、第二掛金要素は、拘束部材の前進・後退両位置においてそれぞれ係合するよう各二個存在することが、本件特許発明の要件であると解すべきである。

このことは、本件特許発明を先行技術と比較することによつても裏付けられる。本件特許の出願前すでに胴体の後部にプランジヤーを備え、プランジヤーと発条により押圧された筆記具との間に拘束部材を介在させ、プランジヤーによりこれを左右横方向に揺動させつつ前進または後退させるとともに、胴体に設けた上下の段部に拘束部材を着脱自在に係合して、その前進・後退位置に保持するようにしたボールペン」(特公昭三一―五六二一号特許公報)は公知であつた。

本件特許発明は、この先行技術における拘束部材の変移装置の改良に関するものである。すなわち、該先行技術においては、頂部に上方突出部を有するカム供車を拘束部材とし、その両肩部と、胴体内部に固着された静止体部の前進位置用下向面および後退位置用下向面とを交互に係合させて、拘束部材を前進・後退両位置に位置させる構造をとつているのに対し、本件特許発明は、拘束部材に一対の第一掛金要素を、胴体に前進位置用および後退位置用の二個の第二掛金要素を設けて、これらを交互に係合させることにより同一の作用を営ませる構造としたものである。したがつて、拘束部材が後退位置にあるとき係合する第一、第二掛金要素の存在は、本件特許発明の要件であると解さなければならない。

六、本件物件の構造および作用は、別紙目録記載のとおりである。

七、本件物件は、次の構成要素から成る。

(1) 主軸内に、先端にペンを有するペン芯を備え、ペン芯に巻きつけた発条によりこれを上方に押し上げる傾向をもたせている。

(2) 円錐形の頭部をペン芯の上端に接触させた駒を設け、駒の頭部に連接する部分に上向段部を形成してある。

(3) 主軸の内面の一側に、前記上向段部に係合すべき切欠一個を備えている。

(4) この切欠の上方に、下方を漸次低く傾斜させた案内突条を設けてある。

(5) 主軸の尾端に挿入したノツクの先端は、円錐形凹所を形成し、この凹所内に前記駒の軸の上端平面部が緩く挿入され、前記ノツクの側面に凹溝を設け、これに前記案内突条を嵌合させてある。

八、本件物件(甲)の構成要素と本件特許発明(乙)の構成要件とを比較すれば、次のとおりである。

(一) 甲の(1)の構造は、乙の(1)(2)(3)の要件を備えている。

(二) 甲の(2)の駒は、乙の(4)の拘束部材に相当するが、甲の駒には、これをその前進位置においてのみ保持する上向段部があるにすぎないのに対して、乙の拘束部材には、これをその前進・後退両位置において保持するための二個の第一掛金要素(5)が設けられている。

(三) 甲の主軸には、その内面の一側に、前記駒をその前進位置に保持するため、その上向段部と係合すべき(3)の切欠一個を備えるにすぎないのに対して、乙の胴体には、前記・拘束部材をその前進後退両位置に保持するため、その二個の第一掛金要素と係合すべき二個の(6)の第二掛金要素が設けられている。

(四) 甲においては、前記駒を所要の後退位置に位置させるため、(4)の案内突条を設けているのに対し、乙においては、それがなく、前記後退位置用の第一、第二掛金要素によつて同一の作用が営まれている。

(五) 甲の(5)のノツクは、乙の(7)のプランジヤーに相当し、その先端の円錐形凹所は、乙のプランジヤーの衝接要素に相当するものであるが、甲のノツクは、前記駒に偶力を与えてこれを揺動させる作用をすると同時に、ノツクの側面に設けた凹溝に案内突条を嵌合させることにより、駒が後退する際これを誘導して所要の位置に停止させる作用を営む。これに対して、乙のプランジヤーは前記拘束部材に偶力を与えてこれを揺動させる作用を営むにとどまり、拘束部材の後退に際してこれを誘導し、停止させるという作用を有しない。

甲乙間には、以上に述べたような差異が認められるから、甲は乙の技術的範囲に属しない。

九、よつて、被告は、原告らが本件物件を業として製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡しのために展示し、または輸入する行為に対し、本件特許権にもとづく差止請求権を有しないことの確認を求める。

第三、被告の答弁

一、請求の原因第一、二、三項の事実は認める。

二、同第四項のうち第一、第二掛金要素が各二個存在することが要件であるとの点を否認し、その余は認める。

特許請求の範囲の記載から明らかなように、拘束部材をその後退位置において保持するための第一、第二掛金要素の存在は、本件特許発明の要件ではなく、拘束部材を前進位置に保持する第一、第二掛金要素各一個の存在が本件特許発明の要件である。

三、請求の原因第五項の主張は争う。

拘束部材を後退運動のときに反対側に揺動させることは、次の押下げ運動に対する準備位置を占めるために必要なことはいうまでもない。従つて、本件特許発明においては、その実施例の図及び明細書に拘束部材が後退するとき反対側の掛金装置によつて揺動することを明らかに示している。たゞ、本件特許発明においては、この際の運動を掛金装置による揺動運動に限定しないでいるものである。

また、原告らが本件特許発明の先行技術として主張するものは、第一掛金要素も第二掛金要素も備えず、カム供車を横方向に移動するように誘導する突出用傾斜面及び引込用傾斜面を備えた複雑なカム装置を利用してペン先を出没させるボールペンである。これに対して、本件特許発明はこのような装置を利用せず、掛金要素を備えた拘束部材をプランジヤーにより揺動させつつ前進後退させることによつてペン先を出没させるボールペンであるから、両者はその構造を異にする。したがつて、本件特許発明の技術的範囲の解釈にあたり、この先行技術を引用するのは、失当である。

四、請求の原因第六、七項は認める。

五、同第八項のうち本件物件と本件特許発明との間に原告主張のような差異があることは認める。しかしながら、拘束部材をその後退位置において保持する第一、第二掛金要素の存在が本件特許発明の要件でないことは前述のとおりであるから、その点に関する差異は問題にならない。甲の駒は乙の拘束部材に相当するものであり、駒の上向段部は拘束部材の第一掛金要素に相当し、また駒の上向段部と係合すべき甲の主軸の切欠は乙の第二掛金要素に該当する。さらに甲のノツクは乙のプランジヤーに相当しノツクの先端の円錐形凹所はプランジヤーの衝接要素に相応する。そして、これらはそれぞれその作用効果を同じくするから、甲は乙のすべての要件を具備し、従つて本件物件は本件特許発明の技術的範囲に属するといわなければならない。

証拠<省略>

理由

一、請求の原因第一項から第三項までおよび第六、七項は、当事者間に争いがない。

二、原告らは、本件特許発明において、拘束部材に設けられた第一掛金要素と胴体に設けられた第二掛金要素とがそれぞれ二個宛存在することが要件であると主張するので、まずこの点について検討する。

本件特許の特許請求の範囲には、「(プランジヤーの)前記衝接要素は前記拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いてる後方面の部分と交互に係合して、夫々前記中央点から横の所に力のモーメントを与え」との記載があるから、本件特許発明は、拘束部材が前進位置にある場合ばかりでなく、後退位置にあるときにも、拘束部材を、プランジヤーの軸線に対して横にずれた位置に保持し、プランジヤーの衝接要素が、拘束部材の後方面の中央点より横に間隔を置いた部分に係合して、これに回転偶力を与えるようにする構造を具備することを、その要件とするものということができる。しかし、特許請求の範囲には、「前記拘束部材が前進位置に移動された前記第一掛金要素を前記第二掛金要素の方に動かして着脱自在の係合をなし、且後退位置に移動するためにはそこから前記第一掛金要素を離脱する」とのみ記載され、拘束部材が後退位置にある場合については、何らその具体的構造を示す記載がない。そして、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件特許公報の「発明の詳細なる説明」の欄および図面には、拘束部材の後退位置においても、その前進位置におけると同様に、拘束部材と胴体とに設けた掛金要素を係合させることによつて前記の作用を営ませる構造が示されていることが認められる。

しかしながら、特許公報の「発明の詳細なる説明」の欄および図面によつて示されるものは、一般に特許発明の実施例にすぎないから、特許請求の範囲の記載が抽象的であつて、それだけでは技術的範囲を確定し得ないような特段の事情がある場合は別として、そうでない本件においては、これによつて技術的範囲を限定すべきではなくて、やはり特許請求の範囲の記載に従つてその技術的範囲を認定するのが相当である。

そうだとすると、本件特許の特許請求の範囲においては、拘束部材をその前進位置において保持するための第一、第二掛金要素のみが要件とされているにすぎないから、拘束部材をその後退位置において保持するための掛金要素は、本件特許の要件ではないものと解さなければならない。

三、原告らは、また、本件特許の出願前、その主張のような先行技術があつたことを根拠として、本件特許の技術的範囲を前記のように限定すべきであると主張する。しかしながら、成立に争いのない甲第四号証によれば、原告主張の先行技術である特許発明(特公昭三一―五六二一号)は、作動プランジヤーと組み合わさつたカム装置と筆記部の上端と組み合わさつたカム供車とを備えカム装置の複雑な誘導機構によつてカム供車を上下させ、ペン先の突出及び引込を行なうボールペンのペン先引込機構に関するものであることが認められる。してみれば、この特許発明はプランジヤーを拘束部材の後方面の中央点より横に間隔を置いた位置に衝接させ、これより生ずる回転偶力によつて拘束部材を揺動させつつ前進後退させる機構を有する本件特許発明とはその構造を異にするものであり、この先行技術があるからといつて、本件特許発明の技術的範囲を原告主張のように解釈しなければならない理由は全くない。

四、ところで、本件物件の主軸、ペン先、ペン芯に巻き付けた発条が本件特許発明における胴体、筆記要素、発条装置に関する要件をそれぞれ備えていることは、原告の認めるところである。また、本件物件の駒、ノツクおよびその先端の円錐形凹所が、それぞれ本件特許発明の拘束部材、プランジヤーおよびその衝接要素に相当するものであることは、当事者間に争いがない。

そして、前記駒に設けられている上向段部は、駒をその前進位置に保持するためのものであるから、拘束部材をその前進位置に保持するために設けられた第一掛金要素に相当するものと認められる。また、前記主軸の内面の一側に設けられている切欠は、前記駒の上向段部と係合して駒をその前進位置に保持するためのものであるから、拘束部材をその前進位置に保持するため前記第一掛金要素と係合すべく胴体に固定された第二掛金要素に相当するものと認めることができる。

してみれば、本件物件は、本件特許発明の構成要件をすべて具備することになるから、その技術的範囲に属するものといわなければならない。

もつとも、本件物件においては、駒を所要の後退位置に誘導して停止させるため、原告主張のように胴体には案内突条が、またノツクの側面にはこれと嵌合する凹溝が設けられている。しかし、本件特許発明において、拘束部材を後退させその後退位置を保持させるための構造を何ら限定していないことは、さきに認定したとおりであるから、このような構造は、本件物件が本件特許発明の技術的範囲に属するという認定の妨げとなるものではない。

五、よつて、原告らの本訴請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(昭和四一年一一月一五日 東京地方裁判所判決)

(別紙目録)

説明書

一、名称ノツク式ボールペン

二、図面の簡単な説明

第1図は、ボールペンが主軸内に引き込んだ状態を示す縦断正面図、第2図は、ノツクを押下げた状態を示す。第3図は、ノツクを指先より離し、ペン先を主軸より露出させて使用状態にある場合を示す。第4図は、再びノツクを押し、ペン先を引き込めようとする場合を示す。第5図、第6図は、それぞれノツクおよび駒の平面図と正面図を示し、第7図は両者を組合わせた場合の横断平面図を示す。

三、機構の説明

これは、ノツク式ボールペンのペン先を主軸より確実に出入できるようにしたもので、先端にペン(1)を有するインクの入つたペン芯(2)をペン芯に巻き付けた発条(3)により上方に押し上げる傾向を持たせたボールペンにおいて、円錐形の頭部(4)をペン芯(2)の上端に接触させた駒(5)の軸(6)の上端平面部(6)’を、主軸(7)の尾端に挿入せるノツク(8)の先端における円錐形凹所(8)’に緩く捜入し、主軸(7)の内面の一側には、頭部(4)の駒軸(6)に連接する部分に設けた上向き段部(9)に係合すべき切欠(10)を備えるとともに、切欠(10)の上方には、下方を漸次低く傾斜(11)させた案内突条(12)を設け、この突条(12)を、ノツク(8)の側面に設けた凹溝(13)に嵌合させた構造である。

なお、ノツク(8)は後退しても、その肩部(14)が主軸(7)の尾端に係止するので抜け出ない。

ペン芯(2)は弾力のある塩化ビニールのような合成樹脂製管とする。(15)は主軸(7)の上半部内面に嵌着した阻止筒で、主軸(7)の下半部を上半部より取外した場合に、駒(5)が落下するのを阻止する。ノツク(8)を発条(3)に抗して指先で押せば、第2図に示すように、駒(5)の左に低く傾いた上端平面部(6)’は、円錐形凹所(8)’に押圧されて摺動し、その頭部(4)は、主軸(7)内の右側に沿つて降下し、段部(9)は切欠(10)に係合する。したがつて、ノツク(8)を指先より離せば、第3図に示すように、駒軸(6)は主軸(7)内の右側面に接して直立して停止し、そのためペン(1)は主軸(7)の先端より露出する。

次に、ノツク(8)を再び指先で押圧すると、第4図に示すように、駒軸(6)の上端平面部(6)’は、円錐形凹所(8)’の右側に押されて、駒(5)は揺動し、その頭部(4)を左方に振るので、段部(9)は切欠(10)より脱出する。そこで、ノツク(8)を指先より離せば、発条(3)により上昇するペン芯(2)に押されて、駒軸(6)の上端は、主軸(7)内の右側に沿つて上昇し、案内突条(12)の傾斜面(11)に誘導されて、第1図に示すように、駒軸(6)の上端平面(6)’は、主軸(7)内左側に傾斜して旧位置に復帰する。

しかして、ノツク(8)は、その側面の凹溝(13)を、案内突条(12)に嵌合しているので回転することなく、確実に上下に摺動して駒(5)に対向し、これを上述のように作動させる。

このように、ペン芯(2)の上端に接する駒(5)をノツク(8)により押進し、主軸(7)内の右側に設けた切欠(10)と係合させてボールペン(1)を露出させ、または、駒(5)を主軸(7)内に設けた案内突条(12)の傾斜面(11)に沿つて上昇させて左側に傾斜させ、旧位置に復するようにし、もつてボールペン(1)を主軸(7)内に確実に引き入れるようにする機構を有する。

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